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最高裁判所第二小法廷 昭和51年(オ)553号 判決

上告人

杉尾百合子

右訴訟代理人

中島三郎

谷口稔

被上告人

山田勝弘

被上告人

奥殿次男

右両名訴訟代理人

花村哲男

主文

原判決を破棄する。

本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人中島三郎、同谷口稔の上告理由一について

相続財産に属する不動産につき単独所有権移転の登記をした共同相続人の一人及び同人から単独所有権移転の登記をうけた第三取得者に対し、他の共同相続人は登記を経なくとも相続による持分の取得を対抗することができるものと解すべきである。けだし、共同相続人の一人がほしいままに単独所有権移転の登記をしても他の共同相続人の持分に関する限り無効の登記であり、登記に公信力のない結果第三取得者も他の共同相続人の持分に関する限りその権利を取得することはできないからである(最高裁判所昭和三五年(オ)第一一九七号同三八年二月二二日第二小法廷判決・民集一七巻一号二三五頁参照)。そして、母とその非嫡出子との間の親子関係は、原則として、母の認知をまたず分娩の事実により当然に発生するものと解すべきであつて(最高裁判所昭和三五年(オ)第一一八九号同三七年四月二七日第二小法廷判決・民集一六巻七号一二四七頁参照)、母子関係が存在する場合には認知によつて形成される父子関係に関する民法七八四条但書を類推適用すべきではなく、また、同法九一〇条は、取引の安全と被認知者の保護との調整をはかる規定ではなく、共同相続人の既得権と被認知者の保護との調整をはかる規定であつて、遺産分割その他の処分のなされたときに当該相続人の他に共同相続人が存在しなかつた場合における当該相続人の保護をはかるところに主眼があり、第三取得者は右相続人が保護される場合にその結果として保護されるのにすぎないのであるから、相続人の存在が遺産分割その他の処分後に明らかになつた場合については同法条を類推適用することができないものと解するのが相当である。

本件についてこれをみると、原審が適法に確定したところによれば、今津しづには、本橋晴子(大正二年四月二八日生)、上告人(同六年一月五日生)、高村和子(同八年三月三〇日生)の三子があつたところ、晴子及び上告人については津田源治とその妻りえの三女及び四女として、和子については岸達之助とその妻みの長女として出生届がされ、和子は昭和一五年四月八日に実母のしづと養子縁組をしたので、昭和四四年八月二八日しづの死亡により、晴子及び上告人は非嫡出子として、和子は養子として本件各土地を含む遺産を共同相続(相続分は和子が二分の一、晴子と上告人は各四分の一)したのであるが、和子は戸籍上では自己が唯一の相続人になつていたところから、上告人及び晴子の了解を得ることなく、昭和四五年六月三日本件各土地について自己単独の相続登記を経たうえ、同年一二月一四日登記簿の記載のとおり和子の単独所有であるものと信じていた被上告人山田及び同奥殿に本件各土地を売り渡したものであり、他方、上告人はしづの死亡後検察官を被告としてしづとの間の母子関係存在確認の訴を提起し、上告人勝訴の判決が昭和四九年九月二〇日確定したというのである。右事実関係のもとにおいては、被上告人らは、民法七八四条但書、九一〇条の類推適用によつて、保護されるべきものではなく、上告人及び晴子において和子の単独所有権の登記の作出について有責である場合に民法九四条二項の類推適用によつて保護される余地があるにとどまるものと解すべきものである。しかるに、原審が、民法七八四条但書、九一〇条の類推適用を認め、被上告人らは保護されるべきものとして上告人の請求を棄却したのは、民法七八四条但書、九一〇条の解釈を誤り、違法をおかしたものというべきであり、その違法は結論に影響を及ぼすことが明らかである。

したがつて、論旨は理由があり、その余の点について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れず、被上告人らは善意の第三者として民法九四条二項の類推適用によつて保護されるべきである旨の被上告人らの主張について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。

よつて、民訴法四〇七条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(吉田豊 大塚喜一郎 本林譲 栗本一夫)

上告代理人中島三郎、同谷口稔の上告理由

原判決は、上告人の本件土地に対する所有持分について、何等の権限なく無権利者である訴外高村和子が、ほしいままになした無効の処分につき、正当な土地持分権者である上告人がその無効を主張することが民法七八四条但書、九一〇条の類推適用により許されないとされているが、右は左に述べる通り、判決に影響を及ぼすことの明らかな「法令の違背」が存在する。

一、原判決は、明らかに認知と関係なき身分関係にある母子の相続につき、適用等の余地のない民法第七八四条但書を、強いて、類推適用した違法がある。

(1) 亡今津しづが、上告人杉尾百合子と訴外本橋晴子を各分娩したものであり、これが非嫡子のため、他に依頼して、他の嫡出子として虚偽の出生届がなされていたことは争なく明らかである。そして右上告人については、念のために、実母である亡今津しづとの親子関係存在確認の確定判決(最高裁判所判決)を得ている。

(2) 最高裁判所昭和三七年四月二七日第二小法廷判決(昭和三五年(オ)第一一八九号親子関係確認請求事件、民集第一六巻七号一二四七頁)によると、「母とその非嫡出子との間の親子関係は、原則として、母の認知を俟たず分娩の事実により当然発生すると解する」と判示されており、かつ、右の原則に対する例外的場合についても、少くとも、右最高裁判決が他の嫡出子として虚偽の出生届がなされているような場合はこの例外的場合に該らないとするものであることが明らかに看取されている(右判決に対する法曹会・最高裁判所判例解説、昭和三七年度一三一事件御参照)のであつて、本件の母子関係は認知を俟たず分娩事実により当然にその母子関係の生じていると断ぜられる身分関係にある。

この既存の母子の身分関係について、相反する認知に関する規定の類推適用等の及ぶ限りではない。

(3) そして、本件事案の如くに、遺産たる不動産につき、複数の共同相続人のうちの一部の者が、ほしいままに単独相続したように登記をした上、他に処分した場合は、その余の相続人は、右の一部の者が自己の相続分を超える部分については無権利者であるから、第三者と取引しても、その部分に関する限り無権利であつて、たとえ登記があつても、その部分については効力がないのは民法上当然の理であり、従つて、右の、その余の相続人に当る上告人は、最高裁判所昭和三八年二月二二日第二小法廷判決(昭和三五年(オ)第一一九七号登記抹消登記手続請求事件、民集一七巻一号二三五頁)において判示される如く、単独所有権移転の登記をなした共同相続人中の一部の者、及び、これから移転登記を受けた第三取得者に対して、自分の持分を登記なくして対抗し得ると解すべきは当然である。

(4) ところが、原判決は戸籍上に母子の身分が表示されていない以上、戸籍からは右の母子関係が絶体覚知できないから、この戸籍により相続登記のなされた不動産登記簿の表示を信じた被上告人については

(イ) 戸籍に表示されていない他の相続人の出現による自己の損害を防止する手段が全くない。

(ロ) 大審院判例では、本件の如き母子関係は全て認知を要し民法七八四条但書の適用があつた。

(ハ) 権利者には民事訴訟法上の執行保全手続の防禦手段が残されている。

ことを理由に、戸籍上覚知することの不能であつた他の相続人が後日明らかとなつた場合は、民法七八四条但書、九一〇条の(法意)の類推適用があるとされているが、右は、左に項を分けて述べる戸籍簿、不動産登記簿に「裡の利益衡量」ともいえる特異な見地からの特別の効力を付与した上、既存の母子の身分関係、無権利者による持分の処分に関する最高裁判例に違背して法律の適用を誤り、既に法規も存在して類推の余地はない認知不要の身分関係の相続について、適用すべきでない民法七八四条但書、九一〇条を強いて類推し誤つた適用をなしたというべきである。

二、〈省略〉

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